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行き損ねた卒業旅行

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卒業

卒業について、今まで悲しいと思ったことがない。

 

小学生の時は「中学も似たようなメンバーだし」と思っていたし、

中学生の時は「やっと平和な学生生活を送れるかな」と思ったし、

高校生の時は「やっと卒業できた」と思った。

 

長く続けたアルバイト先では、上司とそりが合わずに辞めてしまって、楽しみにしていた卒業会も参加できずに終わってしまった。

 

学校行事の卒業旅行

学校の行事はしっかり参加していたし、なんなら無遅刻無欠席で皆勤賞までもらった。

 

だからもちろん学校の卒業旅行はしっかり行ったけれど、「ただの行事」という感覚だったので、「いつもの感じのいい自分」をキープしながらの旅行は、心から楽しめなかった。

 

実費の卒業旅行

高校生の頃、週5日のフルタイム(平日17〜22時、土日8時間)でアルバイトをしていたので、高校生にしては貯金はあった。

 

卒業前に誘われたオーストラリア旅行。

行こう、行こうと言っていたものの、親から「家にお金がない」と聞いてしまって、貯金を崩す勇気がなくて行かなかった。

本当は行けたのに行かなかった。

ずっと後悔していた、無くした友達との約束と行き損ねた卒業旅行。

 

「学生」を卒業して親元を離れて

「家にはお金がない」この言葉を昔から何度も繰り返し聞いてきた。

貧乏だと思ったことはなくて、不自由なく生活していたけれど、気づけば貧乏性になっていた。

 

友だちに誘われてもお金の心配をしていたし、なるべく使わないようにしていた。

お昼ご飯に200円以上かけることもなかったし、とにかく何もかも、節約のために諦めるように切り捨てることが多かった。

 

でも学生ではなくなって、親元を離れて暮らすうちに、自分が自由であることに気がついた。

 

もちろん所謂余裕のある裕福な生活ではなかったけれど、「遊ぶ時は遊ぶ」ことができる大人になった。

貧乏性のおかげでひどく散財することもなかった。

 

卒業旅行は行き損ねたけれど

ある時、卒業旅行の話をしていた当時の友人から連絡がきた。

卒業してから一切連絡を取ってなかったけれど、大切に思っていた友人。

 

「一緒にユニバに行かない?」

 

高校時代のことは、あまり良く思っていない。

というのも、家がごたついていた時期で、呑気そうにしている同級生が疎ましく、羨ましく、憂鬱な気分が表に出ないように「感じのいい自分」を保つようにしていたからだ。

そんな高校時代だったけれど、二人の時に笑いながら家の話をする私を咎めず、突き放さず、ただ話を聞いてくれた、大切に思う友人はいた。

 

もちろん二つ返事で誘いに応じた。

 

何年か後の卒業旅行

ずいぶん前の記憶を辿って、彼女と合流した。

卒業以来の再会だった。

 

モモコと呼んでいたかな。それともモモと呼んでいたかな。連絡取らないでいたのに、久しぶりなのに、距離感近すぎるかな。なんて思いながら向かった。

 

でも、結果は、そんなこと考える必要はなかった。

そこには大人になっただけの、高校時代と変わらない関係の私たちがいるだけだった。

 

彼女は翌年も「ユニバに行かない?」と送ってきた。

一年越しの連絡だった。

 

きっと私たちはずっとこんな関係でいられるんだなあということに、ひどく安心した。

 

学生時代のしがらみからの卒業

気づけば、人を疎ましく、羨ましく思いながら息をする私はいなくなっていた。

 

私の短い人生でも、いろいろなことがあって、様々な人と関わってきた。

学生時代に思っていた「みんななんでそんなに元気なんだろう」の前提には「毎日こんなに憂鬱なのに、」があった。

でも違った。

「毎日憂鬱であることが普通ではない」ことに、大人になってから気づいた。

 

そんなどうしようもない私に、また声をかけてくれる友人がいることを、心からハッピーだと感じる。

 

 

きっとこの先もたくさんのことから卒業するんだろう。

卒業旅行は行き損ねたけれど、上書きできる体験があったし、きっとこの先もたくさんあるんだなあ。

 

 

今週のお題「卒業」